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Spring Has Come

Spring Has Come

過ち

しばらくそうやって抱いていたのだが、
スタッフが「赤ちゃんをきれいにしますから」と
一旦離ればなれになった。
再び春歌が私の元へ連れてこられたときには、
白い新生児用の肌着を着せられ、産湯に入れてもらったのか
拭かれただけなのか分からないが、汚れも綺麗に取れていた。
どこから見ても、ただの生まれたての赤ちゃんである。
このまま母娘で産科病棟をうろついていても、誰もそうとは分からないだろう。
実際にそうして回りを騙したいという、狂気じみた気持ちも湧き上がったが。
・・・だって、隠す必要がどこにある?こんな綺麗な我が子を。
スタッフは、葬儀社の人に連れて行ってもらうまでは
赤ちゃんは新生児科の部屋にいるということ、
だから会いたくなったらいつでも会いに来ていいということを言ってくれた。
願ってもやまないことである。

小児科医から春歌の死を告げられた後、私はすぐにその時間担当の助産師
(谷亮子さんにお顔が少し似ていたので、仮にTさんとする)に、
産科ではなく婦人科の個室に入院させてくれるよう頼んだ。
ひょっとすると言わなくても配慮してくれたかも知れないが、
そうしてもらえなかった場合は地獄の苦しみなのは明らかである。
途中すれ違う幸福そうな人々の間を、完全に目を伏せて
渡り廊下で隔てられた婦人科病棟まで車椅子で移動した。

個室に落ち着き、私は出産以来初めて夫と言葉らしい言葉を交わした。
と言っても、途切れ途切れであった。
しかし二人に共通することは、現実を信じたくないということ。
どうして。お産直前まではちゃんと生きてたのに。
何でうちの子だけ。
現実を認めないといけないのに認めたくないという、
出口の見つからない思考はやがて
“火葬もその後のことも葬儀社に任せ、お骨は持ち帰らない”
という結論に達した。
しばらくして、病院と提携する葬儀社の人たちが来たのだが
彼らも「“ほとんどの”方は、死産と言う結果でお子さんを亡くされると
お骨は持ち帰りません」と言った。
(そう、書類上は春歌は死産で亡くなったことになっているのだ)
その言葉を聞いて、むしろ私は安心したぐらいだった。
・・・やっぱりね。こんな状況、誰だって耐えられる筈ないもの。
唯一、私の妹が「それで本当に後悔しない?」と聞いてくれたが、
私たちは聞く耳も持たなかった。
こうして私も夫も、自分達や葬儀屋の選択に全く疑問を持つことなく
お骨を持ち帰らないことにしてしまった。
この選択により、のちにどれ程苦しむことになるのか想像さえせずに。

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